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▼駅前すぐの立地とこだわりの食材が魅力
野地精肉店は、調布市上石原の「西調布駅前通り商店会」にある。京王線西調布駅の改札を出てすぐ、いわく「雨が降っていても傘をささずにすむ」距離の場所だ。 昭和25年にこの地に開業して50年以上、地域ではおなじみのお店である。昔は若い衆を雇っていたが、いまは野地さんと妻の公子さん、長男の隆夫さん、利枝さんと克枝さんの娘さん2人、合計家族5人だけで切り盛りしている。 1階が店舗、3階に住居、そして地階に作業所がある。店舗内では、四角形の店舗の奥が肉のコーナー。和牛「豊後牛」を中心に充実した品揃えだ。
野地さんは言う。 「近くにスーパーがあるけれど、値段ではケンカはしないようにしているよ。基本的には安い牛は売りたくない。そのかわり、お客さんから『おいしい所を出して』といわれればすぐに出せるようにしているんだ」 また、 「閉店は7時半と一応決めてはいるけれども、営業時間を少し過ぎてもお客さんが残っていたり、『まだ、開いていますか?』と聞かれた時は対応するようにしている」 という心配りも語った。
▼世代交代を機に店舗改装 いま、野地さんの仕事は、本人は「越後のちりめん問屋の隠居」と言っているが、学校給食を中心とした朝の納品、惣菜や弁当の仕込みが中心。朝4時半に起きて地下で作業し、開店前にはすべての準備を整えてしまう。1階の店頭は完全に息子の隆夫さんが仕切っている。 食肉学校を卒業して、二子玉川の高島屋で修行していた隆夫さんがお店を引き継ぐ際の条件が「店舗を全面的に改装すること」。野地さんには少し迷いもあったが、これを機会に世代交代を済ませてしまおうと考え、平成3年の12月にリニューアルオープン、このとき、什器備品建物すべてを改装した。 隆夫さんにお店を任せて以来10年、野地さんは 「息子に対して何も教えていないし、まったく口出しもしていない。店を建て替えるときに、2年ほど修行したことで、接客などが身についている。若者がしっかりやっているから、こっちはおもてに出ないでも済んでいるよ」 と目を細める。自らも魚屋だったお店を15歳で譲り受け、肉屋を始めた。役割と経験が人を成長させることを熟知しているからこそできることであろう。 そして、野地さんはその名のとおり「縁の下の力持ち」として地下室で仕込みを行い、お店を支えている。たまにまとまった休みをとって海外旅行に行くのが楽しみだそうだ。
▼随所に見られる素材に対する信念 訪れたときには、惣菜はほとんど売り切れていた。お弁当は、弁当屋のように注文を受けてから盛り付けをする。いずれも肉料理を中心としており、定番の惣菜と日替わり惣菜(この日は肉団子)を販売しており、評判は上々だ。 お昼時は弁当と惣菜の販売でお店は大忙しだが、ここで活躍するのが改装時に設置した昇降機。地下で野地さん夫妻が仕込みを済ませたあと、すぐ昇降機に乗せて、1階に商品が上っていく仕組み。わざわざ階段を上り下り必要がなく、作業の効率化に大きく貢献している。
▼手作りケーキが近所で大評判に
惣菜コーナーの左側には、手作りのケーキとクッキーのコーナーがある。 もともとは利枝さんが趣味で作って常連さんにプレゼントしていたものだったのだが、お客さんに「こんなにおいしいのだから売ってみたらどうか」と勧められて試しに店頭に置いたところ、それが大評判に。 取材中、お店に来たお客さんがこう言った。 「うちの娘が、ここのロールケーキにはまっちゃって。とってもおいしいって」 野地さんが返す。 「そりゃおいしいよ。だって、小麦もバターも『これでもか』というほどいいもの使っているんだから」 このようなやり取りがあった後、そのお客さんはお肉と一緒にロールケーキを買って行ったのだった。
▼夜の定番商品、オリジナル焼き鳥
夕方になると、お店の横で焼き鳥を販売する。これも40年以上続けている。前出の地下の作業場で、野地さん自らが串で刺したオリジナル品。味も既製品と違って柔らかくジューシーで大変おいしい。公子さん、克枝さんが店頭に立ち、野地さんが仕込みをするのだが、ひっきりなしにお客が来て、3人で作業をしても大忙しである。ちなみに、野地さんのおすすめはレバー串。 これからの季節、仕事帰りに近くの酒屋さんでビールを買って、野地さんの焼き鳥で一杯引っかける人々が多くなるという。街の商店街ならではの光景だ。
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野地精肉店をみて、食肉に限らず取り扱うすべての商品に関して、素材へのこだわり、手作りの信念を強く感じた。また、家族も野地さんのもつこだわりを受け継ぎ、それぞれのアイデアを持ち寄って、お店を支えている。今後も、西調布駅前すぐの「こだわりのお店」として、地域に愛されますます頑張ってくことだろう。
〔2003年(平成15年)6月15日号「東京食肉新報」掲載〕
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