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自家製ハム・ソーセージを販売する食肉小売店として、全国的に有名な「マイスタームラカミ」の村上繁氏。その人柄は各方面から「誠実、勤勉」と高く評価されている。しかし一方で店頭に立つ氏は、特に自らが切り拓いた自家製ハム・ソーセージづくりに関して「情熱的」な一面も併せ持つ。今回は、村上氏のハム・ソーセージに対する情熱、その他のさまざまな取り組みを紹介する。
▼独学で試行錯誤を続けた15年
マイスタームラカミはJR武蔵境駅から徒歩10分、中規模の住宅街に囲まれた場所にある。店内は大きく3ブロックで、左は惣菜、中央は食肉、そして右が自家製ハム・ソーセージのショーケースと工房となっている。工房を見せる広窓がおなじみの、おしゃれな造りのドイツ風店舗だ。
▼豆腐屋が豆腐を作るような感覚で さて、村上氏とハム・ソーセージの出会いはどのようなものだったのだろうか。 村上氏が自家製ハム・ソーセージを作ろうと思い立ったのは昭和42年頃。ある大手メーカーが原材料に血清豚を使用し大問題になった事件がきっかけだった。 「豆腐屋が豆腐を作って売るように、肉屋が信頼できるおいしい自家製ハム・ソーセージを作って売るべきではないだろうか」 と一念発起。製造について何もわからなかったので、まず保健所に相談した。しかし、膨大な設備が必要であること、食品衛生法の壁などがあり一も二もなく追い返された。 それでもあきらめなかった。取引先に日本獣医畜産大学があり、そこの肉学教室に頼み込んで実習にもぐりこませてもらい技術を習得した。そして、お店が終わったあとや休みの日も寸暇を惜しんで試作品を作り、試食をし、それをひたすら繰り返した。大学で学べた事について「ゼロどころかマイナスのスタートだったところに、きっかけを与えてくれた」と振り返る。 ここに追い風が吹く。昭和55年、当時の厚生省が亜硝酸ナトリウム(発色剤)や保存料等が入っていないハム・ベーコンを食肉加工品としては扱わない通達を出したのだ。これでハムとベーコンを「惣菜」扱いで店頭に出すことができた。しかし、まだソーセージが残っている。保健所に足繁く通い、規制の壁を越える努力を続けた。 また、独自路線を進まざるを得ない状況もあった。駅前の大型スーパーの進出である。鶏肉の卸を中心に堅調だった売上げがついに最盛期の半分にまで落ち込んだ。10年間このような状況が続き、村上氏も一度店をたたむ決心をした。しかし、「これまでの努力を無駄にしちゃいけない」という家族の強い説得もあり、のるかそるかの覚悟で昭和61年、工房付きの新店舗をオープン。昭和63年にはドイツに単身渡り技術に磨きをかけた。
▼日本の食に合った「ドイツ風」を
そうはいうものの、店舗を改装したばかりのうちはなかなか売上げが伸びなかった。 「自分では、1日10万円の売上げを見込んでいたけど、最初のうちは全然届かなかったですね。専門家はこれでもいい方だとおっしゃってくれましたが、納得がいかなかったですね」 村上氏は、自家製ハム・ソーセージづくりに取り組んでからずっと、ドイツの汎用レシピを用いてきた。それが海外経験の豊富な人達には好評だったが、消費者には受けなかったようだ。いわゆる食文化の壁である。 村上氏が店舗を改装した頃、多くの「ドイツ風ハム・ソーセージ」の店ができた。これらの店の多くもこの壁に当たり、「日本人好み」のハム・ソーセージづくりに路線を変更した。しかし、村上氏は違った。 「ドイツのハム・ソーセージには、そこの地域で何百年と積み重ねた歴史があるんです。その味を都合で変えてはいけないと思ったのです」
そこで、「日本人の食卓に合った」ドイツ風ハム・ソーセージを前面に出す方針を採った。研究の末、アウシュニット(スライスソーセージ)が日本人向けだという結論に達し、前面に押し出した。また、デパートの催事場にも積極的に出店するなど、地道な宣伝活動を続けた。それらが功を奏し、売上げが順調に伸び始め、全国的にもその名を知られるようになった。 いまでは、ソーセージの総売上のうち、アウシュニットの売上げが6割を占めるようにまでなっている。
▼食肉や惣菜にも様々な仕掛けが
ハム・ソーセージの話が長くなってしまったが、牛肉は佐賀牛、豚肉は放牧豚を扱う食肉コーナー、揚げ物を中心に種類が豊富な惣菜類、「店の雰囲気に合った」こだわりのパンなどその他のコーナーも充実している。 最近、新たに販売しはじめたのが自家製カツサンドとビーフシチュー。カツサンドは誰もが心を躍らせる「お肉屋さんのお弁当」のマイスタームラカミ版。お店の雰囲気とマッチしている。ビーフシチューは牛スジ肉を一週間じっくり煮込んだ逸品。見ているだけでおいしさが伝わってくる。どちらも小売店ならではの良心的な価格で提供している。
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村上氏の取り組みには、自家製ハム・ソーセージを試行錯誤して作り上げていくうちに培われた、思い立ったらトライしてみる決断力と続けていく意志、それらの根底にある情熱を強く感じた。
これからも、食肉小売店がつくる自家製ハム・ソーセージのパイオニアとして活躍していくことだろう。
〔2003年(平成15年)8月15日号「東京食肉新報」掲載〕
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