売れているんじゃない、売っているんだよ          〜市川精肉店の取り組み〜

市ノ川三郎・昭子夫妻
 古くから続く商店街で、駅に近く、人通りが多い…立地の良い店はそれだけで十分有利だ。しかし、新興住宅街で、その上スーパーや大型店に囲まれるという悪条件の中で、小売り一本で頑張っている店もある。府中支部の市川精肉店がその一つだ。今回は同店の紹介を通して、環境に左右されず生き残る店とはどういうものかを探ってみよう。

 市川精肉店は、府中の分倍河原駅から北へ歩き、突き当たった甲州街道から少し奥に入った場所にある。店は表にショーケースがあるカウンター型。ケースは段ごとに鶏肉、豚肉と区別され、米沢牛や群馬牛を中心とした牛肉も並び、右側に惣菜コーナーがある。こぢんまりとした構えだ。
 店の周りには団地が数多くあるが、これらの団地が建ったのはごく最近だという。
 この地域は、半径数キロ圏内にはスーパーが数えるのに両手を使うほど林立している激戦区である。
 お世辞にも立地が良いとは言えない場所だが、それでも府中に店を構えて28年、市ノ川三郎社長と妻の昭子さんの二人で地道に小売りを行い、利益を上げている。


▼大病を経て小売り一本に
 三郎社長は15歳から大田区雪谷で修行し、昭和43年、25歳の時横浜で初めて店を持った。
 駅前で立地は最高だが、大きな肉屋がすぐ近所にあり、三郎社長が入るまでは誰が出店しても半年や3ヵ月で撤退してしまうような場所だった。しかし、そこで堂々と渡り合い、卸でも大口の顧客が出来るなど、順風満帆だった。
 その傍ら、昔の仲間が新たに店を出す時には積極的に手伝いに行った。手伝いの傍ら、いろいろな職人を見て、その技を盗んだ。「それが、今でも生きているなあ」と社長は振り返る。
 しかし、現在は独立した息子さんがぜんそく持ちだったため、昭和50年に療養を兼ねて今の場所に移転した。それでも大口の顧客がいたのでしばらく卸売りも続けていた。
 平成元年に転機が訪れる。三郎社長が大腸がんを患ったのだ。まる2ヵ月入院して無事復帰できたが、卸の中心は横浜時代に開拓した神奈川県の顧客。あまりに遠い。さすがに体力的にきついと判断し、小売り一本で商売を続けることにした。

▼牛は肩だけ仕入れて売る
 多くの食肉専門店と同様、市川精肉店でも取り扱う商品には強いこだわりを持っている。 豚は枝肉で、鶏も一羽ごと仕入れ、店でカットして提供している。
 特に牛肉について、部位は肩しか扱わないという。修業時代に先輩から「肩をまともに扱えるようになったら一人前」と言われてきたことと、「自分で食べてみて肩が一番おいしかった。それをお客に提供できる肉屋でありたい」という気持ちから。技術と自信がないとできないこだわりである。

▼利益を生み出す、ちょっとした工夫
 食肉が「こだわり」とするなら、お惣菜は「工夫」という言葉が当てはまる。
 市川精肉店のお惣菜のメインは春巻きと餃子。こだわりの良い肉を挽いて使っている。惣菜の中でも餃子が一番の売れ筋だというのもうなずける。「味は変わらないんだけど、やっぱり見た目も大事だしね。色が悪くなってきたら惣菜にまわすようにしているよ」と三郎社長は語る。
 夕方から焼き鳥を販売するのだか、それが1本50〜70円ととても安い。店頭に並べる部位をさばいて、余ったところを焼き鳥の材料とするのだ。「この値段でも売れば売るだけ利益になるのよ」と、鶏肉担当の昭子さんが語る。
水が流れるショーケース
 店頭にもちょっとした工夫が凝らされている。
 夏場の暑い日や蒸す日にはケースが曇ることが多い。見た目にも良くないし冷蔵効率も悪くなる。そこで、ケースの外側にホースを引き、上から水を流すことで曇りを取りつつケースを冷やすのである。視覚的にきれいになり、なおかつ衛生的である。ちょっとしたアイデアで利益に繋げることができるのだ。
 よく周りから、「小売りだけなのによく売れているねぇ」といわれる。そんな時、三郎社長はこう返すのだそうだ。
 「売れているんじゃない。売っているんだよ」
 最近、新たに販売しはじめたのが自家製カツサンドとビーフシチュー。カツサンドは誰もが心を躍らせる「お肉屋さんのお弁当」のマイスタームラカミ版。お店の雰囲気とマッチしている。ビーフシチューは牛スジ肉を一週間じっくり煮込んだ逸品。見ているだけでおいしさが伝わってくる。どちらも小売店ならではの良心的な価格で提供している。

▼話があるなら専門店で
 小売り一本に絞ってからというもの、夫婦ともども営業時間中は店内から出ることはほとんどなくなった。それでもお客が定着し、売り上げも堅調だ。
 逆に、常にお店にいることがお客さんが分かっているからこそ、販売とは関係ないところでのつながりが生まれてくる。
 取材日の前日には、常連のお客さんが釣りに行って、しいらを釣ってきた。大きな魚なのでさばくのに場所が要る、ということで家に帰る前に市川精肉店に寄ってさばいてもらったそうだ。
 ある時は、自宅で急病に倒れたお客さんがお店に助けの電話をよこしたこともある。このようなことはスーパーなどでは絶対に起こりえない。
 「人と人とのつながりが、最後には商売に繋がっていくんだよね。この店では『いかにお客さんのために体を動かすか』を大事にしているんだ」
 市川精肉店では、肉を買うついでに、お肉の料理の仕方から育児の相談、社長がガンを克服したこともあり病気に関する相談まで、「肉屋兼よろず相談所」のような光景が見られる。それが若いお母さんたちには結構受けており、やってくるお客の平均年齢も若い。
 また、スーパーではお肉を買わずに野菜だけ買って、市川精肉店に寄るお客も多い。
 やってきたお客を簡単には手放さない、そういう雰囲気が、市川精肉店にはある。

 これからの目標について聞いてみたところ、「立っていられるうちは一日でも長く仕事を続けていきたい」と三郎社長は答えてくれた。続けて、「いつかは店を閉めることになるけれども、売れなくなって店をたたむというのは嫌だね。修行時代の後輩といまだに張り合っているんだ。あっちが続けているんだから俺だって負けちゃいられないってね」と語り、笑った。
 激戦区の中で、専門店ならではの魅力でお客を引きつけている市川精肉店。これからも地域に愛される「町のお肉屋さん」として、おいしいお肉と楽しい接客を提供し続けてくれるだろう。

    〔2003年(平成15年)10月15日号「東京食肉新報」掲載〕

 

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