商売は正直に 品物にはこだわり          〜ミートショップ・グルメ・ナカムラの取り組み〜

交差点に建つナカムラ
 京王新線の幡ヶ谷駅から伸びる六号坂通り商店街にミートショップ・グルメ・ナカムラ(代々木支部)がある。住宅地が近く、甲州街道からそれほど離れていないため、地の利としては最高である。店の外装は、一般の肉の小売店と一風変わった、見た目おしゃれな感じである。これには、店主の中村勇士郎氏の商売に対する姿勢が現れている。その『姿勢』とは何か。
 以前は肉屋のみの営業だった。しかしO−157事件をきっかけに、現在の生鮮3品を扱う形態に変えたそうである。
 商店街で肉以外の生鮮3品がなかなか揃わなくなり、隣がビルを建て、入らないかと声をかけられたのをきっかけに、隣と自分の店をぶち抜き、今の店が出来上がった。

ある講演会の討論が転機に

こだわりの中村氏
 現在の店に形態を変えるか一時迷ったとき、ある有名なスーパーの社長が参加する討論会へ行った。
 社長は「これからはスーパーもなくなる。今のコンビニもなくなる。生き残るのは生鮮3品を扱うコンビニのみであろう」と発言。これで決心した。
 店には蒼々たる人たちが、見学に訪れる。その人たちに客筋を聞くと「100%固定客なんですよ」と話す。一応「良かったですね、大手が進出しても安心だ」と言うと、「いや、固定客が出来て店はだめになった」との返事。
 逆に「固定客はいるのか」と聞かれ、「うちは固定客は一人もいません」と答えている。
 中村氏は『固定客』と言うものは存在しないと思っている。それを、店側が勝手に固定客と思っているのだという。この点で同じ代々木支部の安野鉄馬常務理事と意見が合うと語る。


小売店への追い風 食育の浸透

 同店では、すき焼きなら最低限必要なものが揃うなど、肉料理の材料を置いている。消費者の煩わしさを解消しようと心がけているのだ。
肉にワインもいかが?
 それによって専門店には解らない生鮮3品を扱う難しさも初めて知った。小売店が従来通りの商売を漫然と行うことは、本人にとっても不幸であるが、何よりも消費者にとって迷惑であると考えるようになった。1日でも長く商売を続けたいなら、消費者に対して正直でなければならないと思っている。
 ここに来て食育が盛んになり、小売店への追い風となっている。「売り手もパネル等で説明し、消費者もある程度、食に関する知識を持たなければならない」と考えている。無添加のものがいいと知りながら、色が悪いので、添加物の入った色鮮やかなものを買ってしまうのが現状だからである。スローフードという言葉がやっと普及し食べ物を作るには時間がかかるという認識は出てきているが。本物と偽物が解らない消費者がまだまだ多い。


意気投合から幻の豚販売へ

 同店ではそれに逆行する。『長野の幻の豚千代幻豚』という豚肉を売っている。東京ではここ1軒でしか販売されていない。扱い始めて5年ほどになる。出会いのきっかけは、『どっちの料理ショー』。岡本さんはスペアリブ、同店は白レバーを提供。それを見て会いたいと思っていたら、すきがらミートの息子さんの紹介で岡本養豚の娘さんに出会い、千代幼豚を扱ってくれるところはないかと頼まれた。そこの主人は、金儲け主義の店には売らないと決めていたのである。様々な店からの注文も気に入らなければいとも簡単に断っていた。中村氏は当人同士、夜中の2時まで話し込んでいるうち、意気投合し「週に1頭売ろう」。その際「大切に売っていただきたい」と念を押された。
 岡本さんは20年間試行錯誤を続けながら、今日の幻の豚という登録商標を取り、飼育を続けている。普通、寒い時期だと飼育場に暖房を入れたりするが、寒いのは自然だといい、それに耐えられないのは仕方がないと、生き延びたもののみを飼育する。結果、寒い時期には、商品が届かないことがあるという。あくまでも、損得よりも善悪(本人曰く)で、飼育・販売をしている。客の反応も『美味しい』と好評だ。


他店との差別化品揃えに苦心

 いつも、周辺に無い品揃えを心がけている。最近は鹿児島から黒豚ラーメン。6月から10月までは新潟の黒崎の相田農園から枝豆を仕入れる。あらゆるものを、特定契約で仕入れているので、宅急便代がかさむのが難点である。しかし、どこにでもあるものを売っていてはスーパーなど大手には勝てない。
奥には惣菜コーナー
 「客を店につなぎ止めておくには、100%ではなく120%の力を出さなければならない。皆、小売店は肉だけを何とか売ろうとしているので苦しんでいるのではないか。消費者のニーズに合わせた店作りが必要」と力説する。
 1週間に1度ささみを買っていた客が、他の商品も買うようになり、週に5日来るようになった。品物にこだわった成果だ。肉屋らしさを出す必要もあろうが、おかず屋としての役割を果たせばいいと思っている。また、現在の傾向として食材の『材』の部分は縮小し、食の部分が大きくなっているという。事実、「この肉を何時までに焼いてくれ」「このカレイは美味しそうだから煮といてくれる?」などの注文が増えている。それにあわせ、店でもおかずを用意するようになる。
 肉屋だが、夕飯のおかずが揃う店となった。それに伴い、忙しさは増えたが、客が喜ぶ姿をみると嬉しい。根底にあるのはやはり消費者の意向が100%という考え方である。
店に立つ息子さん
 息子の勇さんは、大学を出て、成城石井に入りグロッサリー的なものを勉強した。現在は店を手伝っている。そのつながりで、成城石井から肉以外の製品を仕入れている。

竹岸食肉学校が人間形成の場

 中村氏は30年前、竹岸食肉学校を卒業。同窓生のなかにはイトーヨーカドーの社長もいる。やっと自分たちの時代が来たと思っている。
 また、同学校から実習生を受け入れている。同校の卒業生は80期を超えているが、中村氏は15期生で、同校の理事・評議委員を務めている。
 17期生から受け入れ、人数は延べ200名を超える。小売店から大手スーパーの店長候補など様々。また同校は、食肉業以外からの学生も多く、人間形成の場として利用されている。全国に約5000名近くの同窓生がおり、情報交換も活発だ。



将来の展望も『こだわり』

 将来の展望は、小規模にするか、大きく手を広げるかのどちらだかだという。小規模の場合、牛肉または豚肉の専門の店にする。こだわりの店である。
 『まじめさ』『こだわり』を忘れない店主である。


    〔2004年(平成16年)2月15日号「東京食肉新報」掲載〕

 

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