発展著しい豊洲に根を張る    〜X市村食肉販売の取り組み〜




 X市村食肉販売(深川支部)は、東京メトロ有楽町線豊洲駅から歩いてすぐのところにある。豊洲は都心から近く、最近になって再開発が盛んで、高層ビルの建設が進み、住宅地・商業地として脚光を浴びている。そんなところで昔から地域に根を張り、時代の変化の中をお肉屋さんとして生きてきた。


 創業は昭和23年

 現在会長である市村利夫さんは昭和4年6月生まれの76歳、5年前に子ども達に店をまかせているが、お元気だ。
 「義父の市村忠雄が職業軍人だったが、無事に戻ってしばらく材木屋で働いた後、昭和23年に全然経験のないシロウトで肉屋になった」
 創業者には子どもがいなくて、利夫さんと妻の代子(のりこ)さんが両養子に迎えられた。問屋として肉を卸していた縁だった。利夫さんは福島県二本松の出身、代子さんは義母の姪にあたり茨城県鹿島からお嫁さんに来て、亡くなって4年になる。
 養子に入って5年たった28年に利夫さんが店を継いだ。それから52年。「ここは様変わりです」感慨深い表情をした。


 昔は陸の孤島

 「地下鉄もなかったし、バスもなかった。交通の便は非常に悪かった」
 バスがやっと30年に開通する。タクシー強盗が頻発して、物騒な豊洲ということでタクシーが乗せなかったことも。
 東西線の門前仲町が最寄りの駅だったのが、有楽町線が開通して豊洲駅ができて、都心と直接つながった。また、春にはゆりかもめ≠ェお台場から豊洲まで伸びる。
 大工場や倉庫・材木集積場が郊外に移転して、急激に住宅地・商業地として脚光を浴びることになる。
 「逆に言うと昔は商売するには恵まれていた。競争相手がいなかった」

左が恭庸専務夫妻、中央に利夫会長、右が忠英社長夫妻

 危機感を抱いて

 会長には3人子どもがいる。兄の忠英さんは33年4月生まれの47歳。弟の恭庸(やすのぶ)さんは38年4月生まれの42歳。それぞれ社長・専務として、忠英社長は焼肉屋『壱番亭』、恭庸専務は『肉のイチムラ』の店長としてがんばり、娘さんは嫁いで側面から店を支えている。お孫さんが7人いる。
 「目の前のセブンイレブンが日本の1号店なんですよ」専務が語る。49年、当時小学生だったが、11時までやってお客さんが来るのかなと思った。会長が「酒屋さんで従業員抱えて、どうしようかという危機感があった」と語る。
 最近になってマンションが建ち並び人口が増えて、新しい住民は大型ショッピングセンターを希望する。そうして2軒の大型スーパーが開店し、ことしの秋にはさらに2つの大型店ができる。駐車場が870台・1700台という収容能力の店だ。


 焼肉屋『壱番亭』

『焼肉屋・壱番亭』と『お弁当イチムラ』

 忠英社長は高校・大学の時は野球選手、エースピッチャーだった。
 「原辰徳のいた東海大とは7回対戦したが1回も勝てなかった」
 膝をケガしてしまい、もう野球はできない。今は順子夫人とすぐ近くで焼肉屋『壱番亭』を経営している。平成9年に始めて丸8年になる。
 当初は長男なので店を守っていくつもりだったし、飲食店は初めてで勉強もしていなかったので踏み切れなかったが、精肉のお店を2軒やめたのを見ていることから、決断した。
 焼肉の勉強をしていなかったので開店は大変だった。肉以外の仕入れ、お酒の手配、お皿はいくつ必要か。そんななかでテーブルの数だけは10卓から12卓に増やしてもらった。
 「ただ、接客の神経の擦り減り方が違ったのにはまいった」
 しかし野球で培った明るさで順調に来ている。

 『お弁当イチムラ』

 一方、恭庸専務は信子夫人と精肉店を担当している。店員は総勢20名。『壱番亭』とのローテーションを組んでいる。
 「大型店の開店が昨年8月にあって、売上げが半減したが、ここへきて回復してむしろ前より増えた。専門店の特長を出して大型店を集客に使ってしまおうと思う」
 また、店でお弁当を始めて20年近くなるが、一昨年4月からはお弁当の配達を始めた。それが精肉との良い相乗効果をもたらせてくれた。

折込ちらし(上)とパンフレット

 それに伴い、昨年9月から月に1回、新聞の折込チラシを7000部。またカラーのチラシを新しいマンションの各戸に毎月ポスティングしている。インターネットのホームページも開設し、ブログも始めた。
 「新しい住民の方が大勢来ると、新しいことをやらないと、大型店に目が行ってしまう。われわれのところへ目を向けてもらうために色々始めている」

 人とのつながりを

 専務は組合の青年部活動に熱心だ。
 「他の地域の大型店との競争の話を聞いたり、お弁当のメニューを情報交換したり、惣菜はなにが売れているのかを参考にして、仕入先も教えてもらっている」
 ビーフシチュー・焼豚や和牛のたたきと、日々開発に取り組んでいる。
 その他、ちらしでは新聞屋さん、HPでは妹の知り合い、ブログではバイク屋さん。そして野球・少年サッカー・相撲の人たちとの様々なつながりを大切にしている。

 地域密着を戦略に

ゆりかもめの工事

 芝浦工大も4月から移転してくる。
 「町がものすごいスピードで変わっている。もっと変わるのでしょうね。学生や若者相手にも対策を考えています」
 創業者の残した遺産で駅前の高層ビルの中にテナントの計画もある。
 「どんな状況になっても沈んでいないで、積極的に挑戦です」
 市村さん家族はこれからも豊洲の町にしっかり根を張っていくだろう。

http://www.h6.dion.ne.jp/~toyo1/index.html


    〔2006年(平成18年)1月15日号「東京食肉新報」掲載〕

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