夏だ! 『森林村』へ行こう    〜居シ村商店の取り組み〜

ホームページhttp://www.gws.ne.jp/shinrin
お問い合わせ TEL042−595−2210





 うぐいすの鳴声と清流の音を聞きながら、バーベキューに舌鼓。そんな楽しい夏の季節がやってきた。どこへ行こうかと検討中の方には、東京の西、秋川渓谷の『森林村』がおすすめ! 仲間や家族とご一緒にどうぞでかけてみてください。




 大自然と
 ひとつに


 五日市市街から檜原村に向かい車で10分ほど走ると、右側に『森林村』の看板と2階建てログハウス造りのレストラン『FOREST』が迎える。天井に太い梁をわたした広い空間に心を和らげる木の香りがこもる。
 フランスで腕を磨いたシェフのおいしい肉料理が絶品だ。
 そこから傾斜を下った空間に森に囲まれるようにして、最大13人が宿泊できるタイプが9棟、最大10人用タイプが3棟のコテージが整然と並んでいる。全棟、バス・シャワー・トイレ・キッチン完備。別に独立したバーベキューハウスを備えている。さらに崖の階段を降りると秋川の清々しい流れに至り、この河原でもバーベキューなどが楽しめる。そこはここのお客様専用のプライベート・リバー=B
 四季折々の草花が咲き乱れ、管理が行き届いていて清潔だ。4月から10月の土曜日は満杯の状態。お問い合わせは上記のインターネットまたは電話で。

(左から) レストランFORESTの前で、完成したばかりの雨用テントの庇、バーベキューハウス、清流

  ちょうど12年目

 松村和夫さんが語る。
 「7月6日でオープンしてちょうど12年になる。初めの頃は川がよく見えたけれど、木が繁って本当の『森林村』になった」
 10周年の時に屋根が開閉式のイベント会場を作り、そこへつい最近庇がついてテストをしてみせた。
 「子どもの頃この下流の自宅の向こう岸にキャンプ場があって、将来やってみようと思っていた」
 学生の団体のための炊事場も揃っている。

  不思議なスタート

松村商店本店と『森林村』の看板

 『森林村』の松村和夫さんは本組合あきる野支部の支部長であり、本部の監事を務めている。あきる野市小中野で居シ村商店の社長さんだ。昭和14年11月生まれの66歳。
 父の兼丸さんが16歳の時、高等小学校を出てアテもなく家を出て、上野の西郷さんの銅像の前で途方に暮れていると、絵描きに拾われて愛知屋さんという肉屋に連れていかれた。そこで修業して静さんと結婚して、「栄屋」を開店。小石川から田端と店を営んだ。
 やがて徴兵されて朝鮮へ出兵したが体をこわして帰された。療養してよくなって消防団にかりだされた留守に、東京の大空襲で家を焼かれて、幼い和夫さんたちと母親は無事だったが、父は家族の危険を感じてふるさと≠ノ疎開して家を建てて、家畜商を始めた。
 「栄屋」は父の弟に譲りつい最近まで巣鴨でやっていたが、そこや知り合いの都内の肉屋へ当時三輪車で横に乗って運んだことを松村さんも覚えている。


  時代の移り変わり

 そのうちに小売りを始めた。その頃は肉は全く売れない。ところが都会で習ってきたコロッケが画期的だということで行列を作って売れた。母は七輪の炭で焼き鳥を焼いて、中学生の松村君が近所を御用聞きに回った。
 その頃から時代はゆとりができてきて、五日市の駅から秋川へ遊びに行く人が多くなり、バーベキューをするので肉を買い、鉄板を借りていった。
 48年に父が亡くなり、5人兄弟の長男であった和夫さんが松村精肉店を居シ村商店として継いだ。
 松村社長は「いなかは小売りに限界がある」と見て卸しに活路を開いた。八王子から相模原・厚木へと営業に回った。
 また、地場スーパーの相談に乗るうちに周囲の懸念を吹き払い出店してみると、意外と好成績を収めた。
 そのスタッフのために多い時で80人を抱えたこともあるが、今は40人が働いている。本店を20数年前に建て替えたが、店よりも調理室が驚くほど広い。その奥に事務室と従業員が食事をしたりする控え室があり、2階は従業員の宿舎と会議室にあてている。その広い調理室でレストラン・学校・病院などに納める大量の品物をさばいている。

  ミラノの肉屋視察

松村和夫さんと文子さん

 「おととしの11月に家内と肉屋を見てきた。ミラノの専門店は健在。かたまりで飾ってあるのをお客様の注文で切り売りしている。日本でも昔はそうしていた」
 原点に戻ろうと松村社長は語る。
 檜原村からお嫁さんにきた文子さんが『FOREST』を仕切り、息子の兼房さんが本店の営業に走り回る。娘さんふたりも結婚して、4人のお孫さんがいる。9月にはもうひとり増える予定だ。
 観光地にある肉屋としてどうあるべきか、充実した気持ちで将来を見据えている。そのほかに『森林村』全域の草取りも松村社長の任務である。







    〔2006年(平成18年)7月15日号「東京食肉新報」掲載〕


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