パルプラザSCの核として    〜ミートショップいしげの取り組み〜

ミートショップいしげ
下の写真はパルプラザの空撮と遠景






 ミートショップいしげ(小松川支部)は、平成5年4月に新しい街≠ナ再出発した。それから13年が経過して、そこの商店会の核として着実に発展してきた。





   千葉の銚子から

 ミートショップいしげ2代目の石毛茂雄さんは昭和24年12月生まれの56歳。
 父の三蔵さんが戦後の22年に小松川でX石毛商店を始めた。三蔵さんは大正9年生まれ、4年前に82歳で亡くなった。千葉県銚子の出身で、母のきゑさんも同郷で83歳、現在も元気でお店で働いている。
 「親戚はみんな銚子にいる」
 野球の四国アイランドリーグの石毛宏典(ひろみち)コミッショナーも銚子出身。元巨人の石毛博史投手は実家のすぐ近くだそうだ。銚子には石毛姓が多い。
 創業者は戦前に銀座の肉屋に丁稚奉公して修業した。戦争から無事帰ってきて、お姉さんが戦前やっていた小松川の食堂を譲ってもらって肉屋を開店した。
 一帯は20年3月の東京大空襲で焼野原になった。お店から平井駅が見通せたほどだったが、運良くお姉さんのお店は残っていた。

   昭和40年代に活気

 開店してまわりにもポツリポツリと店ができ、旧千葉街道沿いに新町通り商店街が形成された。
 町工場もでき、大手の工場が進出して、その社宅やアパートがいくつもできた。昼間の人口も、夜間の人口も多かった。
 「今のような核家族でなくて、おじいちゃんやおばあちゃんがいて、孫まで一緒に暮らしていた」
 都電の25番が走っていて通勤通学客であふれていた。40年代から50年代まで一番活気のあった頃を振り返る。

   2代目として継ぐ

 茂雄さんは兄との男ふたり兄弟、兄は早稲田大学の理工系へ進んでしまい、父は弟に後継を託した。明治大学商学部を出て、伊藤ハム食肉技術学校で半年間修業。
 「当時北柏の工場の脇に学校があって、寮に住み込んで勉強した」
 半年経った時、店は人手が足りていて、先生の紹介で紀ノ国屋に中途入社。青山の本店ミート部精肉部で骨を抜いたり、筋切りをしていた。
 「町の肉屋と違う最高級のトビ≠ニいうランクがあった」
 4年働いた時、等々力の開店に誘われたが、ちょうどその時、父から戻って来るように声がかかり、お店に戻った。
 56年、32歳の時、美智子さんと結婚。店で修業して仙台で肉屋を開店した人から姪を紹介された。

   都の再開発事業で

パルプラザ・ショッピングセンター
中庭の正面奥にお店

 お店の一帯は海面より低い0メートル地帯。美濃部都知事の頃、防災対策として小松川の再開発事業が動き出した。大手の工場が移転して、土地の買収がしやすかった。
 荒川と中川に挟まれた広大な土地に高層集合住宅と広い公園が配置されて、全く新しい街ができた。南には都営地下鉄新宿線も開通した。その北の一画にパルプラザがある。
 その12階建ビル4棟に囲まれてヨーロッパ風の中庭が設けられている。中央部分に樹木が植えられ、パラソルとベンチが置かれた洒落たちょっとした公園だ。それを取り囲むように並んだ商店街がパルプラザ・ショッピングセンター、その正面に位置するのが、「ミートショップいしげ」だ。
 平成5年4月、新町通り商店街の元の地権者として入居、それから13年が経過して、今外装の修繕工事が行われていた。

   ひとけ和牛¢オう

(上から)デリカコーナー、
お肉コーナー、関連商品棚

 店に入ると正面に精肉コーナー、和牛の塊が並んでいる。左に冷凍食品ケース。右の壁に沿った棚にはソース・たれ・スパイスなど調味料の関連商品が豊富に並べられている。
 そこから奥に鍵の手に曲がった位置にハム・ソーセージ・サラダ類のショーケース。一番奥がコロッケなど揚げ物・惣菜コーナーになっている。
 商品の豊富さ、品揃えの多様さが目につく。
 お店は奥さんの美智子さん、おかあさんのきゑさん、そしていとこの方と4人でやっている。古い店でやっていた卸はやめて、小売専門になった。手作りのお弁当もお客様から評判を得ている。

和牛が並ぶ

 もちろん牛肉はひとけ和牛=B黒毛和牛のことを石毛さんはそんな風に言う。



   2年前に商店会長

 2年前にパルプラザ・ショッピングセンター商店会の会長になった。
 魚屋さんがないが、八百屋、薬屋、豆腐屋など25店舗を束ねている。
 ことし7月からは江戸川区の空き店舗活性化対策で内装費用をもってもらって、お休み処≠を開設して商店会の情報発信の場にしている。
 将来は保育園の絵の展覧会や自治会の料理教室を計画している。
 そんな商店会長のお気に入りは、レコード盤で音楽を聴くこと。ジャズやポピュラーなど1万枚近くが部屋を占領している。学生の頃から、新譜や中古の掘り出し物を収集している。
 プレイヤーも2台持って、カートリッジをMCとMMと換えて聞き比べている。
 こどもは2男1女の3人。中国でシステムエンジニアであり、服飾デザイナーであり、カナダの留学生であり、と様々な方面で活躍中。

パルプラザ・ショッピングセンター商店会案内とお休み処。
中央の写真には一緒に働くいとこの秋男さん。




    〔2006年(平成18年)10月15日号「東京食肉新報」掲載〕


ページ先頭に戻る