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樋口敏郎江東ブロック長(向島支部)の経営するX山平屋の2階の『すきやきひぐち』の大広間では、年2回、春と秋に親子コンサート≠ニしてクラシックを聞くことができる。昨年から始まったが、ことしはすでに2回開催され好評で、12月5日に5回目が予定されている。
生で弦楽四重奏
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親子コンサートの会場とチラシ
お問い合わせは X山平屋 03−3617−4129 |
墨田区のトリフォニーホールで演奏活動をしている新日本フィルのメンバーが昨年訪ねてきた。樋口ブロック長が振り返る。
「この古い建物を見て、『すきやき』と書いてある。絶対おいしいはずとずっと思っていた、と言う。食べると気にいってくれた」
とんとん拍子に話が弾んで、弦楽四重奏団のクラシックコンサートが、昨年6月と10月、ことしは5月と10月と、4回開催された。基本はバイオリン・ビオラ・チェロだが、その都度フルートやホルンも参加する。
「木戸銭は500円、ジュースを1本サービス。ふつうは聞けないこどももOK」
こどもの教育にもいい。音楽の好きな人も大満足。楽団員にも地元の人たちとの交流が図れると好評だ。
「音楽は弱いが、練習を目の前で聞かせてもらって独り占めしている」
次回は12月5日7時からの予定。参加ご希望の方はお店へお電話を。
親子2代で登場
ブロック長は樋口丈吉本部相談役の長男。この欄に初めて親子2代で登場した。本紙の平成15年6月15日号に当時副理事長だったおやじ≠フ人生行路が綴られている。
大正12年2月、新潟県東頚城郡松代町(現在十日町市)で生まれ14歳で上京、過酷な丁稚奉公から昭和23年、タケさんと結婚し、弱冠25歳で山平屋を創業した。屋号はふるさとの山平地区≠ゥらとった。26年には株式会社となった。
42年から区議会議員を9期36年、その間区議会議長を2回務め、平成15年4月、80歳を契機に敏郎さんが継いだ。その秋には旭日小綬章≠受章している。
最近は煮込みの係だ。
大型カラーTV
2代目社長の敏郎さんは25年6月生まれの56歳。
32年におやじ≠ェアメリカへ農林省視察団として派遣された時に、幟旗で羽田へ見送りに行ったのを覚えている。
「プロペラ機で外国へ行ったら、生きて帰れると思わなかった」
おみやげにカラーTVを買ってきた。32インチくらいあった。
「近所の人がみんな見に来た。カラー放送は始まっていなかった」
カラー放送は1960年(35年)に始まった。
トイレは最新式
お店の敷地は90坪。23年の創業から、お店の発展とともに建て増ししてきた。隣の大工さんにずっと頼んでいる。2階の宴会用の部屋は仕切ると8部屋になる。
「建て直してビルにしようと思ったが、今は結構この雰囲気が気にいってみんな来てくれるから、このままで残した方がいいことになった」
トイレだけは直した。前に立つと自動でフタが開く最新式だ。
毎月の向島支部の支部会や新年会の報告に登場する場所だ。
近江牛を中心に
敏郎さんは大学を出て、神戸の大井肉店で半年間肉屋の修業。父はすでに区議会議員として店はタッチしていなかったので早速店に出た。
板前とふたりだけでやったこともあった。寝ていられなくて夜中の1時2時に起き出して、肉を切って並べて一生懸命やった時代がなつかしい。
しかしひとつだけ『近江牛を中心にする』という柱は立てた。
「昔の肉屋は平気で違うものを売っていたが、それは駄目にした。身内でさえごまかしの体質があったが、やはり見た目は良くても使ってみると味も日持ちも良くなかった。だから近江牛を枝で仕入れるようにした」
ダイレクトメールと宣伝カーで近江牛セール≠打った時は効果的だった。ところが選挙運動と間違えられて1回で終わってしまったのが残念だ。
それでもやがて評判になってみんな店に来るようになった。地方発送も盛んだ。
土曜のやきとり
店の横の小さな路地をはさんでやきとり小屋≠ェある。ここで週に1回土曜日だけやきとりが販売される。
「1本100円を崩してはいけない」
土曜のやきとりを目指してお客さんが押し寄せる。夕方に完売すると5000本になっている。
すきやきは近江牛を使い開店時の味と作り方を守っている。予約専門であるが、驚くほど安い。
「損はしていない。もうけようと思うとサービスが悪くなる。ちゃんと手が届いて、おいしく食べてくれればいい」
すみだタワー誘致
その小屋の壁に区のお知らせが貼ってある。
平成16年11月の区議会本会議において、再開発が予定されている押上・業平橋地区に新タワーを誘致するという山崎区長の最初の表明を引き出したのが樋口議員。この春に正式に誘致決定した。
墨田区に増え出したワンルームマンションの規制条例も制定させた。
お肉を愛する心
「お肉のおいしさを色んな人に知ってもらいたい」
そんな活動を続けられたらと思う。クラシックコンサートもその一環、議員もできたら都全体を相手にできたらと夢を語る。
芝浦にも事務所を構え5人が働いている。
「芝浦で生体を見てる。かれらは人間のために死ぬんだから、かわいそうじゃないですか。命を無駄にしては駄目だと言ってる」
〔2006年(平成18年)11月15日号「東京食肉新報」掲載〕
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