たきび庵≠ヘ肉屋が創った    〜肉の村田の取り組み〜

右上は「たきび庵」店内、右下は「たきび」カウンター。 ホームページは
http://takibi.co.jp

 東村山市は店主がこだわり抜いた自慢の商品や、こだわり抜いた素材と味でお客様を満足させる飲食店をピックアップして「逸品」として紹介している。
 その24には『和牛寿司膳の食彩酒房たきび庵』、その51には『手造焼豚・肉の村田本町店』、その50には『メンチカツ・肉の村田』が紹介されている。


   食彩酒房たきび庵

小野選手ユニフォーム 村田雄章さん、秀雄さん親子

 西武新宿線久米川駅を降りて新青梅街道を渡り5分のところに『食彩酒房たきび庵』がある。
 1999年『食彩酒房たきび』をオープン、山形産黒毛和牛を使った焼き肉、にぎりずし、茶わん蒸しなどを一緒に味わえる『和牛寿司膳』が評判になった。
 木を基調の店内にはジャズが流れ、おしゃれな雰囲気に、小野伸二選手や多くのスポーツ選手が訪れているという。
 昨年7月には予約制の『食彩酒房たきび庵』を隣にオープンさせた。
 この時期は「ふぐ会席コース」(要予約)もやっている。

   肉の村田本町店

村田雄章さん、昭江さんご夫妻

 『たきび庵』のオーナーは村田秀雄さん、昭和40年11月生まれの42歳。これまでを振り返る。
 「お父さんはお肉屋さんをここまでやってきて、素晴らしい。それがなければ今はないです」

「肉の村田本町店」の逸品は手造焼豚

 父・雄章(たけゆき)さんは昭和10年6月生まれの72歳。愛知県三河の農家から親戚の紹介で、高校を出て荻窪の肉屋へ働きに出た。3年して西荻窪の田中屋さんへ入り、そこで6年働いた。
 37年1月に昭江さんと結婚、2月には村田精肉店を創業した。現在のお店の裏手にあった東久マーケットに入った。当初、都営住宅ができたばかりで繁昌した。
 「20年間は良かったが、スーパーができてからさびしくなった」
 マーケットは8軒入っていたのが最後の1軒になり、1年半前になくなり、現在のお店を作った。

   次男坊つながり

 次男坊の雄章さんには男の子が3人いたが、みんな勤め人になってしまった。そのなかで次男の秀雄さんが、土木の現場監督から肉屋に戻ってきてくれた。
 しばらく一緒に働いたが、父は先行きを考えて別の展開を考えた。秀雄さんが店を手伝いながら、夕方から和食の勉強に10年間通った。寿司のにぎり方を覚え、ふぐの調理士免許もとった。
 そして10年前、『たきび』をオープンした。もちろん46年の長きにわたって父の扱う和牛と、寿司との融合を実現させた。
 「たきび≠ヘ火の持つ暖かさで家族・仲間の絆が深まってくれればと思ってつけた。今回、個室でいろりを囲むたきび庵≠増やした」
 店の内部も外部も自分で設計。たきび≠フロゴも考えたそうだ。

   近くに弟さんの店

 500m離れたところに弟さんのp之さんの店「肉の村田」がある。19年4月生まれの63歳。弟さんも隣のマーケットに入って25年やっていて、独立して12年になる。
 ここの逸品はメンチカツだ。

「肉の村田」の逸品は、メンチカツ。「玉ねぎはつぶれないように手で切る」。村田p之さん、智子さんご夫妻


    〔2008年(平成20年)2月15日号「東京食肉新報」掲載〕



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