父が「山のように蓄えを」    〜X山畜の取り組み〜

 JR京浜東北線の赤羽駅と東十条駅のちょうど中間のところに、『神谷銀座・人情商店街』がある。静かな静かな下町の住宅街、神谷小学校の桜が満開に咲いていた。

   昨年秋に新装開店

 『肉のヤマチク』は昨年9月に新装開店した。店構えが写真のようにまことにおとなしい。他に看板もない。すっきりとした店内の正面に精肉のウインドーがふたつ。左側には揚げ物やハム・サラダの陳列棚。
 お肉の量が多いのと店員が多いのが、印象的なお店だ。

   株式会社 山 畜

工場兼本社

 社長の関口大輔さんに導かれて、歩いてすぐに『株式会社 山畜』の工場兼本社ビルがあった。
 「うちは卸が専門なんですよ」
 従業員が30人。都内全域のホテル、近県のゴルフ場に納めている。
 10年前に自宅で工場だったところが手狭になり、移ってきた。旧工場は冷蔵庫になっている。

   高校2年の夏休み

 関口社長は昭和11年8月生まれの71歳。埼玉県東松山市の農家の4人兄弟の末っ子だった。
 高校2年生の夏休み、20歳離れた長兄が新橋で営む肉屋の手が足りないというので、手伝った。
 「オヤジに大学出る頃には一人前になってしまう、と言われた」
 そのまま中退して肉屋になった。兄にすべて教えてもらった。

   39年、28歳で創業

 21歳でふじいさんと結婚。39年東京オリンピックの年、28歳で現在地に創業した。出店を借りて、奥さんと板前3人でスタートした。
 「オヤジが『山のように蓄積できるように』というので『山畜』とした」
 最初は売れなかった。そこで納めを始めた。自転車に乗って、上野から新橋の飲食店に営業開拓。新宿の大きな会社の食堂にも入った。やがて品物の回転が良くなると、お店も売れるようになった。
 ところが様々な分野の得意先がふえるにつれて、細かい作業があふれて従業員が悲鳴をあげてしまった。

   ゴルフ場とホテル

 40代になってゴルフに誘われて、魅力にはまった。また人気のスポーツの活況に、商売になるとも思い、ゴルフ場の契約に成功した。今では関越・中央・東北・常磐の各高速道路沿線の50か所に毎日配送される。
 また、もう1つの柱として、都内のホテルへの営業を強化拡大しつつある。
 そして両者の担当者から、人手不足の厨房の手助けをしてほしいという要望が寄せられた。
 「焼肉はタレをつけて冷凍して、ハンバーグは味をつけて形にして、焼くだけにしている」
 付加価値のついた半製品で納品。売り上げの95%を卸で占めている。

働く人たちがとても活き活きとした印象 O−157対策で壁と床の間は全部Rの形に
して隅にゴミがたまらないようになっている


   クルマとゴルフ


 社長は、酒もたばこもやらないが、クルマが大好き。ベンツ・フェラーリと乗り継いで昨年からアストンマーティン。イギリス製の6000tのクルマ。愛車の載った雑誌を広げて笑顔満開。
 それでゴルフへ行く。
 ベストスコアは74。腕の振りを体から離さないことが、ポイントらしい。

   息子たちにバトン

 ふたりの息子さんがいる。34年生まれの雅彦さんと37年生まれの信之さん。実際はもう子どもたちが仕切っている。それぞれ結婚して、2人ずつ4人のお孫さんがいる。
 昨年の改装オープンの後、脳梗塞で倒れた。
 「子どもたちのおかげで命拾いした」
 1日遅れれば危なかったところを、早期に治療して今は元気になった。一代で社名のとおりにした、来た道を振り返る。
 「働きもんだったね、きっと。毎日自転車で運んでいた時が、いい思い出で一番なつかしい」



    〔2008年(平成20年)4月15日号「東京食肉新報」掲載〕



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