HPを開設、新しいお客が    〜横山精肉店の取り組み〜

HPは組合のHPから入れます。

 横山精肉店(北区支部)は8月23日にホームページを開設した。組合からもリンクされ大きな反響とアクセスがあり、遠くは九州からも問合せの電話があった。加盟する東豊名店街のなかでヒット数でトップを飾った。

隅田川を背に豊島五丁目団地がある。Toho Shopping Mallはその1階にある。

   豊島五丁目団地

(左から)横山勝彦・あかねさん夫妻、
叔父の佳明さん、酒寄俊夫さん


 京浜東北線・王子駅からバスで5分ほど走ると、隅田川にはさまれて豊島五丁目団地がある。
 日産化学の工場跡地に昭和47年にできた。約5000世帯のマンモス団地が誕生したが、それから36年が過ぎ、高齢化の波に襲われている。
 「子どもたちが出ていってしまって、おじいさんおばあさんだけになった」
 店長の横山勝彦さんが語る。40年12月生まれの42歳、できた頃はまだ小学1年生。父の泰治さんが豊島7丁目の豊島中央通り商店街で肉屋をやっているが、弟さんの佳明さんが新しくできた団地に進出して開店した。

   兵庫加古川で勉強

 勝彦さんは高校を卒業して田端のスーパーで修業していたが、その後、日本ハムが経営する日本ミートアカデミーで勉強した。
 「兵庫県加古川工場で3か月間寮生活。帰って来られないからと、おやじに飛ばされた」
 4人兄弟の長男で、逃げようと思っても逃げられなかった。
 62年2月、21歳の時、調理士の免許を取得して現職についた。

わくわくスーパーセール(左)とタイムサービス(右)ちらし


   東豊名店街宣伝部

 団地の1階がToho Shopping Mall≠ニいう東豊名店街≠ノなっている。その一画にお店がある。
 勝彦さんはそこの宣伝部長だ。わくわくスーパーセール・月2回のタイムサービスの企画とちらし作成。夏に開催したお祭り役員でも活躍した。
 そして、今回のホームページ立ち上げとなったのだ。『一人でも多くのお客さまに来店していただく』『なにもやらないゼロよりは1を』というコンセプトでスタート。北区産業振興課の協力があった。
 横山では自家製コロッケ90円が50円で買えるクーポン券をつけた。すると「コロッケ屋さんはここですか?」と、見慣れない新規のお客様がなん人か訪れた。

   制作はあかねさん

 立派なHPを制作しているのが、なんと奥様のあかねさん。目の前にあったパン屋さんでバイトをしていた美大生のあかねさんと恋におち結婚。
 才能をフルに活かして名店街のちらしを一手に引き受けている。
 「最近は、手書きの方が暖か味があっていいと評判なんです」
 勝彦さんがのろける。もちろんお店のプライスカードの類も全部あかねさんが書いている。

   芝浦つぶしのメス

ミートラッパーの説明 今回は福島。
産地は一切問わない。
あかねさんの手書きの力作 お父さんの泰治さん

 勝彦さんは、牛肉のブランドには一切こだわらない。同じブランドでも生産者も違えば、牛も違う。まるきり同じものはない。自分で見た方が当たり外れはない。
 「ただ、芝浦つぶしのメスだけは買うことにしている。1日休ませるから肉が落ち着いている」
 豚は岩手県産の岩中ポーク。ミートラッパーでくるんでいる。枝で露出している部分がどうしても乾いてしまう。ラップでは通気性がないので熟成しない。
 和牛は問屋さんにまかせている。若い時から熱心に教えてくれた。枝で買うと、いいものはどこを食べてもおいしい。
 肉屋さんの会合では、ものがしっかりしているものほど手で切ることを教わった。
 「まだまだこれでいいという答えはないです」

   豊富な惣菜メニュー

 母のイクさんと創業以来一緒に働く店員の酒寄さんが惣菜を担当する。
 じゃがいもと玉ねぎと牛肉のシンプルな仕上がりの、昔ながらの手作りコロッケが人気だ。
 惣菜のメニューが豊富にある。近くの会社の人や団地の清掃係の人が昼に買いに来る。
 卸はしていないので食べてくれるお客様の反応がダイレクトにくる。最近は色々な国の人も来て国際的にもなった。

   日本ハムファン

 小さい頃から後楽園球場の招待券で見ているうちに、日本ハムのファンになった。店先には選手の色紙が飾ってある。
 休みの毎週木曜日には草野球をやっている。『十条マーキュリーズ』のセンターで5番。
 勝彦さんにはふたりの子どもがいる。上が4年生の男の子。この子とキャッチボールをするのが楽しみ。
 「向こうの方が上達が早いからすぐ追い越される。2代目のダルビッシュになれたらいいな」
 あかねさんは下の1年生の女の子とフラダンスを踊って、夏の祭りを盛り上げた。
 「生まれ育った地元で商売ができる。同級生が買いに来てくれたりするととてもうれしい」



    〔2008年(平成20年)10月15日号「東京食肉新報」掲載〕

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