東新宿駅の真上に総菜店    〜肉のすみよしの取り組み〜

「東新宿駅」大久保通り出口の横、『味菜すみよし』の人気豚まん。 (右から)新井猛夫・弥生さん夫妻、加藤さん、小林さん、弟の一男さん。

 昨年6月19日、東京メトロ副都心線が開通した。その東新宿駅の大久保通りへ出るエレベーターのすぐ横に昨年12月、『手造り総菜の店・味菜すみよし』がオープンした。明治通りと大久保通りの交差点にある12坪の土地に3階建てのビルを半年かけて竣工。昭和63年11月からやっていた弁当総菜の店が、今度は駅前立地となって新しく出発した。


  高円寺亀屋に1年

 新井猛夫城西ブロック長は昭和13年4月、埼玉県所沢市で生まれた。70歳。7人兄弟の4番目の次男坊。
 ところが中学1年生の時、父を亡くす。2年生の1年間、縁あって高円寺の亀屋さんにお世話になった。養子のつもりだったようだが、猛夫少年は「貧乏人が殿様の扱いをされる」。
 食べる米もないところから、急に毎日お肉のごちそうが出てきて、弟や妹のことを思うと自分だけがいい思いをすることにいたたまれなくなって、つらくて1年で戻してもらった。優しい少年だった。

  神田・住吉で13年

 中学を卒業して、亀屋さんの紹介で神田の住吉に入った。そこで13年間働いた。
 樋口浩一社長は非常に厳しい人で、遊び盛りの若い連中にきちっと教育をしてくれた。
 休みの日には牛肉や豚肉をばらして、原価計算などを社長の帳面で勉強させてもらった。
 12人くらいいた若いしの中で徐々に認められて、最後の2年間は足立区の竹ノ塚駅前の売店の店長をまかせられた。

  余丁町で創業・結婚

戸山ハイツ1階に店舗


 昭和42年4月、住吉の先輩が新宿区の余丁町でやっていた肉屋を譲ってくれた。
 「なんにもないと困るだろうと、お得意さんを置いていってくれた」
 X畠山住吉畜産の畠山善一さんだ。その善意にとても感謝している。
 翌5月、弥生さんと結婚。弥生さんはXアマイ創業者・天井甚吉さんの姪、組合の第5代天井勝家理事長のいとこにあたる。天井喜美子現アマイ社長には以来お世話になっている。

  48年戸山ハイツへ

 48年4月、戸山ハイツの分譲店舗を新宿区の推薦枠で購入。借り店舗から独立できた。
 「一生懸命働いた。日曜も朝と夜仕事して、休むのは一瞬だった。休んだのは正月の1日だけだった。この年代はみんな働き者です」
 そして55年、3つの大きな買い物をした。
 板橋の志村3丁目のやはり分譲店舗にたまたま当たって、支店を5年間経営、今は近所のパーマ屋さんに貸している。
 それから芝浦の肉卸問屋の売店を買った。それが冒頭の店の土地だ。
 そして住まいとしてマンションを購入。平成4年に一戸建てを購入するまで住んだ。
 働き者が階段を上がる話は気持ちがいい。

  63年総菜店オープン

 戸山ハイツも当初は店に入り切らない客があふれたが、今ではみな年寄りになってしまって、33店舗のコマ数は変わらないが、物販・飲食は成り立たず業種が変化している。店は店員の鈴木さんとふたりでやっている。
 ブロック長は平成9年から、戸山ハイツ西通り商店会の会長を務めている。
 63年11月、弥生さんと弟の一男さんで総菜店をオープンした。
 都営大江戸線が当初大久保通りの下を走る予定だったのが職安通りになってしまって、もうないと思っていたところ最後の地下鉄として急に副都心線が開通して、条件が良くなったのを機に昨年建て替えた。
 「たまたま良い立地になった。皆さんにもっともっと支持されるようにがんばりたい」

  ブロック長として

 「ブロックの方々に応援していただいてまだ1年弱。これからもブロックのために尽くしていきたい。
 中島前ブロック長からまだ一度も親睦会をやっていないから、旅行でもしようということで、この13日から役員20名で沖縄に行きます。
 安井議員は組合にとって一つの議席であり窓口であるから、肉屋の発展のためにいるだけで色々な面で違うと思うので、応援しなければいけないなと常々思っています」

  娘と太鼓・獅子舞

 娘さんがふたり。下の子が脳性麻痺で生まれた。全面介助で30年。今でも毎晩、ブロック長が入浴介助をしている。
 「娘のお陰ですよ、本当に。今にして思うと苦労というのは感じませんね。皆さんに本当に感謝しています。娘の顔見ると『おとうさんありがとう』と笑顔をくれる、それであすの活力がわいてくるんです。信じられないでしょうけれど。
 皆さんからお世話になって商売がうまくいって、今日があることを、娘が教えてくれた」

(左)平成19年4月、新宿区支部発足を祝って獅子舞。
(上)今は毎週火曜日に篠笛の稽古。

 趣味は邦楽。今は篠笛を稽古している。
 20年前、商店会役員の時、盆踊りのため太鼓の会「太囲野会」を立ち上げた。そのうち獅子舞を入れたらという声が出たが誰もやる人がいない。会長になっていたので、やらざるをえなくなってしまった。
 「もう10年たちます。あちこちから頼まれて、支部統合の時に『新宿区支部』と書いたのをはじめ、たれ幕≠ェいっぱいたまっています」








    〔2009年(平成21年)2月15日号「東京食肉新報」掲載〕

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