九品仏に根を張って45年    〜肉の大和屋の取り組み〜



 「たばこ屋さんは年寄りがやるもんだ。若いもんがやることじゃない」
 昭和4年に品川・南馬場から九品仏に引越ししてきて、近所の肉屋の夫婦に言われた。看板娘だった22歳の母は見返してやろうと、息子を肉屋にした。そのことは、56歳で病死する間際に、母から息子とその嫁になる人に打ち明けられた。

  板橋大和屋で9年

 中田智章常務理事は、昭和12年9月生まれの71歳。丑年だから肉屋に、と笑う。6人兄弟の長男。
 中学を出ると、中板橋の大和屋で肉屋の修業に入った。母が『これからはお肉』と時代を見て強く勧めた、と思っていた。
 その頃はオーストラリアの冷凍で骨付きの固い牛肉ばかりだった。
 「大勢の先輩のいるなか、ハタチでもう練馬の畑のまん中の店をまかせられた。売れるわけないので御用聞きに外を駆け回って、店を発展させた」
 9年間働いた。終わりの頃は住込みでなく通ったが大変なので、新宿・麹町のすき焼きの岡本へ移って、3年間働いた。

毎年、正月にバス1台をチャーターして、仲間たちと成田山へ
お参りに行く。そこには、面倒見の良さで様々な人が集まる。
奥様のはるいさんと。


  はるいさんと結婚

 37年3月、はるいさんと結婚。
 「前年の11月15日にお見合いをして、返事もしないうちに、その12月1日に母が亡くなった。たばこ屋をやる人がいないので来ているうちに、ズルズル結婚式になってしまった」
 はるいさんは茨城県鉾田の出身。金町で5年・目黒で3年、三越の着物の仕立をやっていた。来日した英国王族への献上品を縫いあげたほどの腕をお持ちだったらしい。
 「肉屋がうまくいかなかったら、それをやろうと思っていた」
 今はふたりで笑う。

  39年12月1日創業

 39年12月1日、母が亡くなって3年後に創業した。雑貨屋から肉屋になった。母の形見であり、肉屋になるきっかけとなったたばこ屋≠燻cした。
 ちょうど東京オリンピックが開催された年で、若いしをふたり使って創業したが、最初は売れない。近くに4軒の肉屋があったのだ。当時、5軒あった肉屋も今、2軒だけになってしまった。
 修業時代に身につけた、得意な御用聞きに回って活路を開いた。
 板橋の時の売れ筋は細切ればかりで、それをやったら売れない。それぞれの地域の客層の違いを気づかされもした。
 また、電機会社の1000人の給食には助けられた。
 「その代わり、そういうところの仕事は難しいことも多くて、例えばいろいろな付き合いとかはいやだった」

たばこ屋の看板娘。たばこ屋から肉屋になって45年。


  頑固な父に泣いた

 変わり者の郵便局勤めの父に泣かされた。明治生まれの頑固者で、自分のわがままを通す。
 「結婚した頃60歳のお祝をして、80歳で亡くなるまで、何度謝まったか。謝まらないと収まらない。何度出ていこうかと思ったかわからない」
 相手をしたのはむしろ、はるいさんだった。買い物に一緒に行って、コーヒーを一緒に飲んだ。いい時はいいが、手のひらを返すように悪くなると、近所でも評判の激しい人だった。今だに言われることがある。

  平成8年新装開店

 平成8年12月1日、また母の命日を選んで改築オープンした。
 3階建てで8戸の賃貸住宅も併設し、地下には倉庫も作った。
 「総菜が昔は売れたけれど、やっぱり肉だ。売上げの8割を占める」
 中国の餃子事件から、しゅうまいを若いお客さんが買っていくようにもなった。自家製の焼豚も人気だ。
 「苦労しながらも、45年間順調に来た」

(右から)中田智章・はるいさん夫妻、智恵子・幸二さん夫妻。


  後継者に恵まれて

 常務には娘さんが3人。長女の智恵子さんのご主人の幸二さんが後継者となっている。お孫さんも4人できた。
 幸二さんは利恵産業で親戚の弁当屋さんに出入りしていて紹介された。
 松戸と越谷に嫁いだ娘さんたちのところと合わせて、お孫さんは9人になった。
 「だれかに肉屋を継がせるつもり。この時代、肉屋はいいよ」

  健康で働くことが

 「働くことしか能がない、仕事一筋で来た。健康でいつまでも働いていたい。休みの日も、帳面ためて帳面つけてるか、あっちこっち掃除して動いている」
 ただ最近は休みが水曜ということで、朝からずっと会合が詰まっている。旧玉川支部長を6年、九品仏商店会長は6年になるなど、多くの役をこなすのはたいへんだ。

  肉屋のオヤジさん

 東急大井町線九品仏駅からまっすぐに伸びる商店街の中ほどに店はある。
 この街で生まれ育った、根っからの土地の人であり、加えてその人柄からしても、周囲から親しまれ、慕われるのは当然だ。
 子ども好きで、時に恐くて、時に優しい町内の肉屋のオヤジさん≠ェ今だに健在だ。
 奥様は休みの毎週水曜日、民謡を2時間歌っている。
 はとバスで東京駅から桜田門、隅田川を船で昇り、浅草、新宿御苑と回って、満開の桜のお花見にふたりで行ってきたばかり。47回目の結婚記念日だった。

九品佛淨眞寺総門 淨眞寺参道の桜がちょうど満開。そこから商店街を3分歩くとお店がある。



    〔2009年(平成21年)4月20日号「東京食肉新報」掲載〕

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