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東京メトロ日比谷線が乗り入れている東武伊勢崎線竹ノ塚駅から西へ5分歩くと「肉のサイトウ」(足立区支部)がある。親子の2夫婦の4人で元気に肉屋を営んでいる。その傍ら父は30年近く写真を趣味に、子はアウトドアにはまっている。
昭和44年に創業
斉藤強さんは昭和17年2月生まれの68歳。茨城県結城市出身。7人きょうだいの三男坊で中学を出ると文京支部のX寺島商店で修業、12年間働いた後、現在地から少し先のところでお店を借りて独立創業した。
奥様の利子さんは、一緒に働いていた。44年の正月に結婚して、「力を合わせてやっていこう」とスタートした。強さん27歳の時だった。
竹ノ塚を選んだのは当時店探しをしていた時に、業者さんから、今後開けていくという勧めがあったからだ。
やがて59年に現在の店に移転、新築した。
2代目の修業遍歴
2代目の秀樹さんは、48年3月生まれの37歳。都立足立高校を卒業すると調理師の専門学校へ入学、中華専門コースを選択した。そこで『中国料理専門調理師免許』を取得。
以後様々な経験を積む。新宿ヒルトンホテルのコック、世田谷区経堂のラーメン屋の料理長、新宿の中華料理専門店、六本木のタイ人の経営するアジアンフード、そして目黒区大岡山の肉屋さん。8年ほどの間に都内の5軒を武者修行=B
「同じことをやっても伸びない、違うことをやって、色々な人から色々な技術を吸収したかった」
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(左から)利子さん・強さん夫妻、天くん、秀樹さん・美穂さん夫妻。
りんちゃん・のんちゃんは小学校で授業中。 |
後継者が戻った
ようやく修業から戻り、本格的に家業の肉屋の勉強にかかった。父強さんからすべて教わった。今では働き者の秀樹さんが全部こなせるようになった。
平成11年9月、高校の同級生の美穂さんと結婚。お店は家族4人で明るく元気に営業している。朝9時から夜8時まで。日曜日が定休日。火曜日が週1回の特売日で賑わう。
豚肉は結城から枝肉で仕入れている。自店で身おろしして真空パックにしてから使っている。
「牛も銘柄にこだわらないで、真空パックにしたカットを、芝浦からもらっている」
父は写真が趣味
冷蔵庫の壁に写真が飾ってある。父強さんは写真が趣味。自然を相手に撮影旅行にもでかけ、コンテストに出品し、足立区展覧会の区長賞に輝いたこともある。
下の写真の3枚の額は左から日光、長野白馬、渡良瀬の花と風景。毎月替えている。
「初めは家族写真からスタート。子どもたちがいやがるようになって、写真屋の薦めでペンタックスの中判カメラを使って、自然を撮っている」
30年選手のベテランだが、それは次の機会ということで……
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| (左)強さんの写真を月替わりで飾る。(右)その冷蔵庫の中には朝届いた枝肉。 |
ゴンちゃん登場
秀樹さんの高校時代のクラスの仲間が仲が良くて、卒業後も毎月日帰りでバーベキューをやっていた。奥多摩や千葉に20人近くででかけていた。
「その時に見た目でゴンちゃん≠ニつけられた。呼びやすくて親しみやすいから、誰もヒデキと思ってくれない」
美穂さんも仲間のひとりだった。ゴンちゃんは今では112キロの巨漢。4年生のりんちゃん、2年生ののんちゃん、年長さんの天くんの3人のパパ。
みんな旅行が大好きででかけていたが、子どもが大きくなると負担が大きくなり、回数を減らさずにでかけるにはと考えて、バーベキューの時に揃えた道具を引っ張り出してアウトドアライフへの転換をした。
自然の中で楽しく
毎年2・3回、天くんが生まれてから5年くらい続いている。
一番のお気に入りは、足立区の鹿沼野外レクリエーションセンター。バンガロー1棟を借りても2400円の利用料金で済む。
「自炊だけど、僕らはプロだから、ごはんが炊けないとか、おかずがうまくできないという失敗が全くない。ただ楽しく遊んで寝るだけ」
またゴールデンウィークには毎年必ずいわき市の北の楢葉町天神岬キャンプ場に向かう。
「ことしは3泊4日で行ってきた」
川や海で泳いだり、カブトムシやクワガタを捕ったり、トマトを摘んで食べたり、牧場で動物に触ったり、野球もテニスもできる。自然の中で思う存分過ごす。
「子どもたちがついてきてくれる限りはずっと続けたい」
下の写真の『中国料理専門調理師手作りの本格派!自家製「ゴンちゃんギョーザ」「ゴンちゃんシューマイ」』は大人気で、ゴンちゃんはきょうも元気です。
〔2010年(平成22年)6月15日号「東京食肉新報」掲載〕
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