新人も加わって新装開店
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染谷食肉フーズ
(世田谷支部)
の取り組み
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2間の長さの真新しいケースにお肉がギッシリ。左端が手作り惣菜のコーナー。
『玉電』松陰神社前駅と
(下)松陰神社
「X染谷食肉フーズ」(世田谷支部)はこの春、若林から松陰神社前へと1駅移転して新装オープンした。3月29・30・31日の3日間、OPENセールを行ない、多くのお客様が訪れた。そして、4月1日には肉の染谷・初の新入社員≠ェ働き出し、新しい歴史を刻み始めた。
45年前に独立創業
染谷誠寿(せいじゅ)さんは昭和15年8月生まれの70歳。茨城県北相馬郡内守谷町(現・常総市)で生まれ、16歳でいとこがやっていた恵比寿の田中屋に入り2年修業、店主が世田谷の淡島通りに移ったのについていってそこで10年働いた。
42年6月28歳、若林において「近江屋染谷畜産」として独立した。やがて、53年2月、「X染谷食肉フーズ」となって現在に至る。
43年11月、利子さんと結婚。いなかの家がすぐそばの10歳も下の娘さん、19歳だった。
子どもが3人できて、長男の寿和(としかず)さんはプロのカメラマンになった。次男の竜二さんは会社員となり、今、東日本大震災の支援活動のボランティアに一生懸命になっている。また、誠寿さんのパソコンの先生でもある。
もうひとりは娘の真紀さんで、店の後継者は少し前までいなかった。
親孝行の真紀さん
真紀さんは会社員として働いた時、ワインの資格がとりたくて、夜、学校に通った。その仲間に羽鳥毅(たけし)さんがいた。4つ下の大学生だった。
羽鳥さんは大学を出てフランス料理のレストランで3年働いた。平成15年4月に真紀さんと結婚しても、昼夜逆転の生活ですれ違いの生活ばかりで、子どもが生まれてますます心配になり、12月にワインを卸す会社に転職。この3月31日に惜しまれて退社するまで、7年間勤めた。35歳だ。
「お店をやりたい」
真紀さんが話す。
「2年くらい前から、ちょこちょこ言っていたんですよ。『やりたいな』って。私は冗談だと思ってて『自営業はたいへんだよ』と相手にしていなかったんですけど、去年の暮れになって『本当に本気だから』と言い出して…」
新潟の十日町から両親が来て、家族会議が開かれ止められた。「普通にサラリーマンやってた方がいいですよ」と口を揃えて反対された。
毅さんが話す。
「結婚して、お父さん・お母さんの姿を見てて、やっぱり『自分でもやってみたいな』という気持ちがだんだん大きくなった」
今は配達のための運転免許証の取得中で、教習所に通っている。お肉のことはこれから少しずつ勉強していくことになる。
その間、磯野忠さんが店を手伝っている。利子さんの妹のご主人で、店の大家さんでもある。昔はここで松阪牛の指定店を営んでいたが、ビデオ屋さんに転進したという、異色の経歴の持ち主だ。
(左から)磯野さん、染谷利子・誠寿さん、羽鳥毅・真紀さん
ポイントカード好評
OPENセールの時にはちらしを8000枚配った。3日間大盛況だった。同時にセール期間中にお買い上げの方に『開店記念10%OFFクーポン券』を差し上げ、4月1日から30日までに600枚ほとんどが回収できた。
昨年秋からは『ポイントカード』を導入。1000円で1ポイント、30ポイントたまると次回500円引きになる。毎月29日肉の日はポイントが2倍!
「お客様にとても喜ばれている。お財布に入るサイズにした」
パソコンで誠寿さんが自分で作ったカードだ。
(左)『OPENセールちらし』8000枚を配る。
(右) 『開店記念10%OFFクーポン券』。
『ポイントカード』 ○に《肉》の小さなスタンプを押す。
『うちのこだわり』
真紀さんが『うちのこだわり』というリーフレットを作った。
キャッチコピーとして「自分たちが食べて美味しいと思ったものを安く売りたい」と掲げた。
牛肉は、銀座の老舗仲卸・吉澤から黒毛和牛のメスを仕入れている。豚肉は下田畜産から。牛と豚は創業以来同じだ。
鶏肉は鳥取の大山(だいせん)どり。
惣菜はすべて手作り。コロッケはじゃがいもを丸のまま蒸かして作る、昔からの独特なもの。
「自家製の惣菜を皆さんがおいしいと言って、喜んでくださるのを励みにがんばります」
売り上げの構成は牛3・豚3・惣菜3・鶏1となっている。
営業は朝7時から夜8時まで。日曜が休み。朝は仕込み中から開いてしまうので早い。
ふたりで『太陽ちゃん』
ふたごの孫と遊ぶ
振り返ると、創業からまもなく子どもたちが生まれた頃から、近くにスーパーができて悪戦苦闘の日々の連続だった。
しかし今、新しい店を構え、新入社員・通称『たけちゃん』と、新しい出発の時を迎えた。
休みの日には、5歳のふたごの孫、聡太・光陽、ふたり合わせて太陽ちゃん≠ニ一緒に、みんなで動物園に行って過ごすのが、一番の楽しみだ。
〔2011年(平成23年)6月15日号「東京食肉新報」掲載〕
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