おだやかに半世紀の時を
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肉の森長
(杉並支部)
の取り組み
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肉の森長(杉並支部)は東京メトロ丸ノ内線・中野富士見町駅を降りて神田川を渡って歩いて2分、静かな住宅街の真ん中にある。目の前には立正佼成会の杉並・中野教会があり、すぐ隣には道場が最初にできた発祥の地がある。
群馬県高崎の出身
梅澤俊三さんは昭和20年1月生まれの66歳。群馬県群馬郡倉賀野町(現高崎市)の出身。35年、中学を卒業すると葛飾区新小岩にあった森長に入った。町の知り合いで10年先輩がそこで働いていて「東京で肉屋さんをやらないか」と誘われた。
森長は千葉県成田から出てきた森田紋之丞さんが、終戦直後に葛飾区新小岩で創業した。お相手が長島姓だったからお互いの頭文字をとって森長≠ニなった。
「森の石松と勘違いされてよく『清水の出身ですか』と言われる」
息子の幸成さんが店を継いだが、今この店はない。
はたちで中野≠ヨ
(左から)梅澤俊三さん、由起子さん、友子さん
森田さんは2つ目の店として、現在地でうどん屋を開店したが、23年に肉屋とした。この店は娘の信子さんと養子に入った佐藤安正さんがまかされた。
「新小岩で5年勤めて、40年に中野に来た。住所は杉並区和田だけど、丸ノ内線がまだなくてJR中野駅が最寄り駅だったから、中野と言っていた」
佐藤さんの元で働いた。43年、友子さんと結婚。宮城県黒川郡から出てきて、当時10人くらいいた社員の食事のまかないを一手に担っていた。職場結婚≠オて一緒に働いた。
建物は当時のままだ。
「総檜造りで頑丈にできてます」
お客様との対話を
60年に佐藤安正さんが亡くなり、3年後、信子さんから居抜きで店を借りる形になった。
昭和の終わりから平成の始めにかけての数年、ちょうどバブルの絶頂期で一番売れた。
「裏がお屋敷町でそこのお得意様が牛肉をたくさん買ってくれました」
それも世代が交代すると子供たちは皆スーパーに行くようになってしまい、下降線をたどるようになった。
それでもここ2、3年は少し盛り返している。
「品揃えをちゃんとしっかりするようにしているのが良かったみたいです。それとお客様との対話を大切にしています」
ワンルームの住まいが多くなって、スーパーやコンビニで買えないものを求めて、若い人が専門店に来るようになった。
そして昨年の平成22年8月、信子さんから譲り受けて、名実ともに自分の店となった。
地養鶏と手造惣菜
地鶏とブロイラーの間の地養鶏≠ェよく売れる。ブロイラーでは味がもの足りないが、品物がしっかりしていておいしいという評判だ。年末は本当の地鶏を自分でおろして売っている。
惣菜も20種類ほど並んでいる。手造りのコロッケ・メンチが良く売れる。コロッケはカボチャ・カニクリーム・コーン・カレー、カツはメンチ・ハム・エビ・ヒレ・串とバラエティ豊かだ。
豚肉はことし5月から柳中野区支部長から群馬の三元豚を仕入れている。牛肉は組合本部からが多い。
卸が主で6〜7割
結婚する時、佐藤さんに「目の前が立正佼成会だから入会しなさい」と勧められて入会した。
店の前には杉並・中野教会、隣には道場ができた最初の場所として発祥の地がある。
バス通りを少し行くと環七の手前右に法輪閣・大聖堂がある。全国から会員が集まって来る。日帰りと宿泊の食堂があり、3000人が泊まれる施設がある。
左には普門館。全日本吹奏楽コンクールの中学・高校の部の全国大会が毎年行なわれブラスバンドの甲子園≠ニして憧れの地になっている。
梅澤さんは毎日そこに納品している。卸が主で売り上げの6〜7割を占める。小売りは固定客が多くフリーの客は少ない。朝晩の通勤の時だけしか人通りがない。
梅澤夫妻には女の子ばかり3人、皆結婚して6人のお孫さんができた。三女の由起子さんが豊島区千川から自転車で40分もかけて手伝いに来てくれる。注文が来ると集中していっぺんになることが多いのだ。
(左)杉並・中野教会。「3回も建て替えた建物です」
(右上)普門館。憧れの『ブラスバンドの甲子園』。
(右下)左が法輪閣、右が大聖堂。
おだやかな支部長
友子さんのかわいい『ビーズ手芸』
昨年春から杉並支部長に就任。
「内田支部長の下で副支部長を20年。その間会計を10年、厚生部を10年やった。統合してからも会計をやって、佐藤光明前支部長が理事になるので今回支部長になった」
商店街と町会も手伝って出ることがいっぱいあって大変です、と言いながらおだやかな表情をいつも絶やさない。しかし、商店街で物品販売をしているのは1軒になってしまい、飲食店ばかりだ。
営業は朝9時半から夜7時半まで。日曜祭日が休み。
休みの日には時々山歩きにでかける。尾瀬や三春桜の写真が店に飾ってある。友子さんはビーズ手芸≠ェ得意。お客様からも頼まれて作ってあげると、皆さんにとても喜ばれている。
〔2011年(平成23年)11月15日号 「東京食肉新報」掲載〕
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