本場ドイツのハムを日本に    〜慶徳ミート・ケーニッヒの取り組み〜

 ドイツ・シュトゥットガルトにおいて10月5日から7日まで開催された、SUFFA(ズーファ)2008(南ドイツ食肉産業見本市)の食肉加工製品品評会に出品した慶徳ミート・ケーニッヒの製品が、金メダル11個、銀メダル1個を獲得した。また、各製品のメダルと共にカテゴリー別の入賞カップ2個受賞と、ドイツ以外の国の出品者の中から選ばれる国際部門総合優勝に島崎智融さんが輝いた。

   SUFFAの審査

 SUFFAの審査は、4つのカテゴリーに分かれて外観・内観・食感・味と香りを減点方式で項目別に審査。項目は200以上あり、厳しく細部までチェックされる。
 審査の結果は相対評価ではなく、個々に対しての絶対評価になるので、今回ケーニッヒは、出品した12品すべてがメダルを受賞した。
 また、金メダルを5個獲得した職人としてグランプリ・トロフィが2つ、智融さんに贈られた。そのうえで出品者の中から一人、ドイツ国内から総合優勝、ドイツ以外の国から国際部門総合優勝が授与され、島崎智融さんが栄光に浴したのだった。


   ケーニッヒ吉祥寺店

 JR中央線・京王井の頭線の吉祥寺駅を降りて、井の頭公園に向かう通りの左側にケーニッヒ吉祥寺店がある。若者たちが大勢行きかい、店先ではホットドッグをほおばる。
 「小さいですけど場所がいい。お花見の頃はラッシュアワーの電車みたいで、地面が見えない」
 慶徳ミートの島崎勝弘社長(写真左)が語る。
 朝10時半から夜7時半まで年中無休。受賞したハム・ソーセージがウインドーに並ぶ。焼いて食べられるスペースがあり、ビールもおいてある。
 ピクルスや焼きソーセージを食べながら、普通の居酒屋には置いていない、それらに合うドイツの13種類のビールやワインが飲める。
 できて13年になる。

   46年の慶徳ミート

 島崎勝弘社長は昭和15年2月生まれの68歳。22歳の時独立心旺盛なだけで、話を聞いてくれた慶徳屋を引き継いで、肉屋になった。忠実屋1号店で精肉部にはいたが、ほとんどの素人だった。ただ若さとやる気だけで始めたが、 「これからは肉の時代が来る」という予感は当たった。
 それから46年、小金井市にある本社・食肉卸売部は15人の陣容を抱えている。
 勝弘さんは時代の先取りが好きで、子供たちを連れて展示会をよく回った。ある日、その国際食品展のドイツのブースに寄った際にカルチャーショックを受ける。
 「なんだこれは! 日本のハムと全然違う」

   ドイツで2年修業

 3人の子の長男の智融さん(写真右)は39年7月生まれの44歳。父のDNAが引き継がれて単身ドイツへ渡る。ドイツの食肉産業の見本市でヨーロッパの文化を知る機会があった。
 「それまでの日本のハム・ソーセージのイメージとは全く違って、どこで食べてもクオリティの高いものが食べられた。これが日本でできたらおもしろい。自分のやるべき仕事だと思った」
 自分に最も合ったおいしさの、ヴェッツラーで肉屋を営むホルストシュップさんに頼み込んで弟子入り、ハタチから2年間、本場の作り方を学んだ。

   ケーニッヒ小金井店

 61年6月に小金井に慶徳ミートのハム・ソーセージ専門としてケーニッヒをオープン、ことしで22年になる。
 ケーニッヒ≠ニはドイツ語で王様=B
 「頂点にいるのが王様なので、頂点の製品を目指したい」
 ドイツでの品評会には15年くらい前から出品して、すでに金メダル70以上、銀銅メダル100以上を獲得している。
 食べると穏やかで上品な味がする。
 「塩を吟味して、食べ飽きない味に作ってる」
 3億年前のドイツの岩塩を使用している。

    国際的な名前に

 開店当初は専門店で大変だったが、だんだん消費者の好みが変わって来たり、人の噂が広がって、今では北海道から九州まで贈答に使われて、お客様がお客様を呼んでくれる。
 「趣味性が高く、必要なものではないが、一度自分で気にいるとなかなか離れていかない良さはある。この辺の高校生・大学生は大体うちのものを食べていて、他のものは食べられないという人がけっこういます。僕の味方は子供たちです」
 今回出品した中に3つ、吉祥寺≠フ名前をつけた製品がある。
 勝弘さんが父の融(とおる)さんの名と、儒教からくる智恵を借りようとつけた智融という名前も今ではCHIYU≠ニなって、結局は世界では覚えやすい名前になった。




    〔2008年(平成20年)11月15日号「東京食肉新報」掲載〕

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